三日目の朝
「おはよー」と挨拶をしながらぞろぞろと部屋から出てきます
たくさん遊んで お腹いっぱい食べ
お昼寝も夜もぐっすり寝る
朝起きて 今日は何して遊ぼうかなと考える
キャンプにも慣れ のんびりとした朝
今朝も海へ行き
歌を歌って 少しキャンプ長の話を聞きました
キャンプ中に”余島(よしま)”ってみんな言っているけど
知らない人はなんのことかな?
て、思うよね
僕らは2025年夏まで75年間”余島”という瀬戸内海の島でキャンプをしてきたんだ
そして、もうすぐ8月15日、終戦記念日を迎えるよね
神戸YMCAは戦争が終わって5年後の1950年に小豆島の沖合の小さな島でキャンプを始めたんだ
というと
「ヤバッ!!」と、一人の子の心の声が漏れました
そうだよね、やばいよね すごいよね

そのキャンプでもみんなみたいに海水浴をしたり
火を囲んだりしていただんよ
でも、なんでキャンプを始めたかというと
それは”こんな悲惨な戦争を2度と起こさない。平和な未来を作るため”だったんだ
キャンプでも”ケンカすること”もあるし”イヤな気持ちになること”があるやん
そんな時に暴力でケンカをしていたらそれは戦争(国の喧嘩)と一緒やん
そうならないために どうしたら良いかな とか
人を大切にするにはどうしたら良いかな?
って、考える機会がたくさんあるのがキャンプなんだ
そしてキャンプでは上手くいかなくても良いねん 失敗しても全然大丈夫。
そんな風に考えてやってきたキャンプなんだよ
それは場所が変わっても同じ思いなんだ
いま熊本では地震が起こって多くの人が困ってる
地震の知らせを聞いた時にみんなどうもった?
「助けに行きたいと思った人?」3-4人手をあげていました
「大丈夫かなと心配になった人」25-30人ぐらい
「キャンプできるかな・・・?」4-5人
そうだよね、実はキャンプ長は全部思ったよ
写真:能登地震・参照:余島日記2024「春の余島大冒険キャンプ」
能登地震の時も同じだった
能登の地震のときは発生直後から2ヶ月ぐらいまでは信用できる仲間とだけ支援に行って
その後、リーダーたちと瓦礫撤去へ
そして1年ぐらいして初めて子どもたちも連れて行った
水も電気もなく 余震が続くところへ行けるのは
自分のことを自分で守れる人だけ
いいかい?だから”力”がいるんだよ
気持ちだけでは被災地に支援に行ってもご迷惑をかけるし
この海のように荒れていたら
カヌーが下手では子どもを乗せて出れないから
海が荒れてても「大丈夫だから一緒にカヌーに乗ろう!」って言えるぐらいの技術や知識がないとできないねん
そのためにトレーニングをしたり
学んだり
練習したりするんだよ
それは大変なことだけど
自分のためじゃなくて
他人(ひと)のためだから頑張れるんだ
余島のキャンプもこのキャンプも同じなんだよ
静かに頷く何人かの子がいました
私たちが”目指すキャンプは目指す社会”です
楽しいだけではなく
いろんな機会に子どもたちが気づくチャンスを大切にしていきたいと思います。
参照:余島日記2025「進め!そして歌おう」
朝ごはんの後はカヌー、釣り、磯散策!
大波の海を楽しみました





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