今年度のマンスリーデイキャンプは、余島の撤収もあり、スケジュールの関係で、しあわせの村テントキャンプ場で行うことがたくさんありました。
3月キャンプは、これまでに森の学校の子どもたちと準備した薪を使って、三食飯炊きをして、夜はドラム缶風呂に入るというとも。
みんなもう慣れたもので、初めてキャンプに来る子どもたちをうまく案内しながら、野外での生活を進めています。
暖かくなったと思ったら、急に冷え込んだ昨晩。何人かの男子たちは外で寝ると、タープ下でダンボールハウスと寝袋にくるまって就寝。
何人かは寒い寒いと、火の近くに移動したり、服を着込んだり、ご飯を食べたりしてやり過ごしました。
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一夜明けて、寝袋を干し、かまどを整理して、昼ごはんの準備。合間にタープ下で談笑していますが、世の中では、物騒なニュースが流れています。
神戸YMCAは戦後すぐに、キャンプで民主的な営みを子どもと若者に体験させ、新しい日本を作ろうと、1950年に余島キャンプを開設しましたが、75年経った今日、キャンプ場は道半ばで閉場します。
今回参加した子どもたち、大学生の指導者たちは、総体として上手くやっています。この気温に適応し、三食で約100食を飯炊きし、タープ下で談笑しているからです。子どもたちはタープの下で、空爆でたくさんの人々が死んでいるこの世界で、談笑しています。
いったい民主的な営みとはどんなことなのか?キャンプはずっとその問いを続けてきました。そしてキャンプで子どもたちと何日も、何年間も過ごしているとわかります。民主的な営みは、実は生活に余裕がないとうまくいかないのです。
会話の内容は、たわいもなく、意味のないものでしょうか。そんなことはありません。今日は、あの子はなんで来ていないのかな。大変そうなところに手伝いに行ってはどうかと勧めれば、走って駆け寄っていく。高学年ともなれば、キャンプの中で自ら役割を感じ始めて動くようになります。
一方、大学生のリーダーは年々何もできなくなってきています。子どもの時にできていたはずのことが、言葉でこの世界を認識するようになると、悩みだけが先行してしまい、傷つくことを過度に恐れて(恐るように仕込まれて)、にっちもさっちも行かなくなっているのです。
しかしそれでも、昨日今日は総体としてうまくやっています。皆で飯炊きをして、風呂に入って、一夜を明かす。総体としてそれができるから、もっと良くしようと思えるのです。そしてちょっとの工夫があれば、さらにうまくいく。そうやってなんとなく、みんなとうまくやっていけそうだと思えること。
敗戦から5年でキャンプ場の開設に漕ぎ着けた青年たちは、そのようなことを思っていたのです。
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僕たちはちゃんと引き継ぎ、繋いでいきます。ただその道が易しいものではないこと、望むの望まないに関わらず子どもたちと若者たちがこれからの世界を背負っていくこと。これは変わらない事実として、目の前に横たわっています。
あんたがたどこさ、と歌い飛び跳ねる子どもたちと、これからもたくさん外で遊んで、鍛えあっていきたいと思います。
次に繋がるキャンプでした。
キャンプディレクター 阪田晃一
































